少年の頃に描いていた思い

今年の五月、偶然にも父親の命日に妻に話したことがきっかけと言っていいだろう。
そういえばあのボクの天体望遠鏡は何処にいってしまったのだろう・・・と、すっかり記憶の戸棚にしまい込んでしまっていた思い出が鮮やかな色彩を伴って蘇った。
実際の所、そもそも天体望遠鏡は我が家にやってこなかった。その代わりに手にしたのは顕微鏡だった。

複雑な思いが絡み合って、なかったことにしていたあのときの思いを実現してみよう思った。
そしてプロトタイプから始めてみて、散り散りの記憶と知識を繋ぎながら、一体何を知りたかったのか、何を思い描いていたのか、時間を遡り思いの生地を織るようにしていった。

無辺境の彼方から届く光の不思議さ。それぞれの一つ一つが計り知れない虚空の果てからやってきて、時間を超越してこの網膜に刺激を与える。存在と時間の観念が朦朧としてくるくらい長い時間と膨大な空間が自分の頭上にあり、そこに視線を投げかけ沈思すれば自己の存在をその一部として感じさせる。ただただ、知らないことへの好奇心から、眼前に広がる世界に触れてみたかったんだ。

実際に接眼レンズを通してみる惑星は、米粒みたいに小さくても自分の目で見ている現実感は強烈である。そこにある、ということが実感できるのだ。あれだけ見慣れた月でさえ、クレーターや月面の起伏が生々しい陰影で映し出されると、変な感じがする。本当にあるんだ、ということが肌身で分かるとでもいったらいいだろうか。月の存在を知っている知識は所詮知識でしかなく、体験がもたらす現実感と等量の非現実感はなかなかのインパクトをもたらすのだ。

果たして今夜は星を眺められるのだろうか・・・、そうふと思ってしまうように、天気予報の聞き方や空模様の眺め方が変わってしまった。どうやらこいつとも長いつきあいになるのか。

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by fnobotan | 2016-06-26 00:42 | 日記 | Comments(0)